健康が可視化された財産へ トークンエコノミーがもたらす本来のあり方 ~その2~

ユーザーにトークンを積極的に使ってもらうような心理設計は、トークンエコノミーが回っていく上でとても重要な要素となります。

では、健康が可視化されるトークンエコノミーでは、どのような仕組みをもってユーザーへその仕掛けをするのでしょうか。

前回記事では、トークンエコノミーで具体的にどのような形で成功するのか、また、トークンエコノミーを発展させていく上で最も重要となる、バウンティとインセンティブ設計、そしていかにトークンを循環させる仕組みを作っていくのかについてお話ししました。

今回は、それらの要素がどのようにトークンの循環を促していくのか、私がトークンエコノミーエバンジェリストとして関わっているプロジェクト「ウェルネストークン」を例に挙げつつ、前回よりもう少し踏み込んでお伝えしたいと思います。

トークンの使い道とトークンエコノミー成立の条件

バウンティで得たトークンはさらに健康になることを意識して使ってほしいと考えています。ただ、選択肢としては、それ以外の目的があってもいいと思います。

そのような目的の1つが「現金化」です。人によっては、取引所を通して別のトークンにしたり、現金に変えたりとすることを希望する方もいると思います。頑張った分だけの評価がトークンという形で可視化され、努力をして手に入れたものなので、そのような目的もありでしょう。

ただ、トークンエコノミーとしては、内需を充実させるために、外貨との交換よりは内側で回してもらうのが理想です。得たトークンを他のステークホルダーが提供する製品やサービスに回し、それを受け取ったステークホルダーはさらに自分たちでバウンティを企画するなり、トークンを獲得できるような新たな仕組みを考えて、またそのトークンを消費者が手に入れる、そして再び使うといった循環です。

トークンエコノミーの成立には、そのように様々な企業がバウンティに参入すること、消費者が色々なバウンティに参加してトークンをもらい、何か製品やサービスを購入するという流れが必要になります。

また、エコノミーはゆくゆくは2段階になっていくことが想定されます。初期は健康に特化したスペシャルな製品のみだったのが、経済圏が大きくなるにつれて、一般企業によるコモディティな製品も入ってくるイメージです。

そのようにエコノミー自体が大きくなっていくと、価値基準にも変化が生まれてくるでしょう。スペシャルな製品に関しては、そこのエコノミーのトークンでしか交換することができないからです。コモディティはどこでも手に入る一方で、それらのスペシャルな製品はそこでしか手に入らないため、独自の価値基準が確立されることとなります。

ウェルネスの場合、最初は健康に特化したエコノミー形態のみで進めていく予定です。自由経済なので、特にトークンの使途を限定することはありませんが、あくまで「健康」というバウンティから獲得したものなので、健康になるための製品やサービスに使ってほしいと考えています。

経済圏によって変わるものの価値

「健康」に焦点を当てたトークンエコノミーには、同じ方向性を向いた人たちが集まってくるでしょう。同じ方向性を共有しているトークンエコノミー内では、健康関連に携わっている企業の人たちからしても、円などの法定通貨でものを売るよりも、ここで売った方が高く売れる可能性があります。

なぜなら、「健康」に特化したトークンエコノミーでは、みんなが健康になろうと思っている中で経済が動くので、法定通貨の経済圏とは異なった価値基準が生まれるからです。法定通貨の経済圏では100円のものが、こちらでは200円に、逆にあちらで1000円のものが、こちらでは500円にといったことも起こるかもしれません。

また、より価値の高いものを売っていこうと思ったときは、普通に市場に出すよりも、そのトークンエコノミーの中で売った方が色々な価格以外の付加価値がつくこともあります。こちらでの商品購入のポートフォリオや、その人がどのような健康活動をしてきたかといった履歴は、ウォレットアドレスを照会することで把握できるので、そういったデータが製品を開発する企業の活動においてもプラスになるでしょう。

振り返ってみると、これまで全員が同じベクトルを向いた中での経済活動はなかったと思います。

このトークンエコノミーでは、ただトークンを何かと交換する、検査を受ける、製品を使うこと以外も、トランザクションが記録され、可視化されたポートフォリオとしてたまっていきます。トークンを使うということの意味が、ユーザーと企業それぞれにとって違う見え方になってくる、そこがトークンエコノミーのおもしろさの1つでもあります。

トークンの循環と価格形成

トークンエコノミーでは、トークンを循環させるために明確なAとBというのが必ず存在します。トークンを使う人、トークンをもらう人といった形で、それぞれが両方の役割を果たします。

例えば、ウェルネス場合、ユーザーはトークンをもらって使い、健康企業もまた同様です。健康になりたいユーザーと健康にさせたい企業がいることで循環が成り立ってるのがこのトークンエコノミーだと思っています。

ただ、他のトークンエコノミーでは、そのAとBがまた異なるものになってきます。例えば、農業に特化したトークンエコノミーでは、消費者と生産者になり、音楽に特化したトークンエコノミーでは、ファンとアーティストという形になります。

また、考え方や背景にある課題などは、それぞれのトークンエコノミーで異なり、それが得意分野であるかどうかによって、そのトークンエコノミーにおける個人のポートフォリオやヒエラルキーの充実度は変化してきます。より積極的に健康になろうという人は、健康に特化したトークンエコノミーではヒエラルキーが高い一方で、音楽に特化したトークンエコノミーの中では、音楽に興味がない場合ヒエラルキーが下になるようにです。

そして、価格形成についても、コモディティな製品は変わりませんが、スペシャルな製品はエコノミーによって変化が生まれます。

例えば、音楽のトークンエコノミー内で、アーティストが使用したギターを売買する場合と、健康に特化したトークンエコノミー内で売買する場合では、その価格形成は大きく違ってくるはずです。音楽のトークンエコノミー内では1000トークンだけど、健康のトークンエコノミー内では誰も興味がないので10トークンにしかならないといった形です。

それに、各トークンエコノミー内のトークンの価値基準は1:1ではないので、ここもまた変わってきます。円に換算すると、健康のトークンエコノミー内では、1トークン = 100円なのに、音楽の場合、1000トークン = 100円ということも起きるかもしれません。

そのことを鑑みると、他のトークンエコノミーでトークンを交換するとなった場合、発行体同士で協定を結んで、ウェルネストークンと他のトークンを何対何で交換できるようにするといったこともあり得るでしょう。固定相場にするのか、変動相場にするのかといったルールも発行体同士で決まってくることも考えられます。

それか、取引所を介さずにDEX(分散型取引所)のようなところでやりとりがされるようになるかもしれません。もしくは、それを計算するAIのようなものが生まれて、私たちの知らないところで価格形成がされていくというようなことが起こる可能性もあります。

これまでにない仕組みだから新たなビジネスチャンスがある

健康の可視化は、例えば保険といった分野にも適応できると思っています。健康活動をしている人はそうでない人よりも、保険会社からしてもリスクは低く、そのような人の保険料が安くなるというのは合理的です。

ただ、トークンを使うことでより高度な保険サービスが実現できるものの、利権などからその分野には中々入っていけない現状があります。それを実現するには、大衆が健康に興味を持って、いつのまにかウェルネストークンが一般的な会話の中で、健康の度合いを測る数字になっているという既成事実が必要です。そうなると、それを無視することは出来なくなってきます。

また、そうなると、そこに商売のチャンスをみる人も大勢出てくると思います。経済圏が広がっていくと、トークンを使う先というのも、発行体が営業をかけずとも広がっていくでしょう。

しかし、ただそれを決済手段として使うというのだと、その経済圏で優位に立つことは難しいです。そこでアドバンテージをとるには、ポートフォリオやバウンティ、トークンの循環などトークンエコノミーの仕組みを理解する必要があります

そのようなどこも知らない新しい仕組みだからこそ、そこに勝機をみた色々な会社が入ってくるはずです。そうなると、発行体が想像していた以上のトークンの使い先が生まれ、ユーザーがトークンをもらうことやバウンティに積極的に参加する動機付けの強化につながっていきます。

サービスはまずは使いやすさが先決

ウォレットの仕組みの構想としては、単純にウェルネストークンの保管ができるウォレットがあって、そこにはバウンティの一覧があるポータルサイトのようなところからメールアドレスとパスワードでログインできるといった形のものを予定しています。今の仮想通貨のような、ウォレットをインストールする形のものとはまた別のものです。

ウェルネスに関しては、まずはバウンティに参加してもらって、そうするとポイントが付いてくる、それがマイページのようなところで管理されていて、実はそれがウォレットだったというようなものを意識しています。ゆくゆくはユーザー同士での送金も可能にする予定です。

最初は、必要最低限の機能をリリースする上で送金機能を備えようとは考えておらず、あくまでバウンティに参加するとトークンがもらえ、それを血液検査や健康食品との交換に使えるといった、ユーザーと発行体間で一方通行のものを予定しています。まずは健康の可視化が重要だと思っていて、そこに、このバウンティに参加するにはこのバウンティをクリアしなければならない、あと何回バウンティをクリアするとレベルが上がって報酬が1.1倍になるといったゲーミフィケーションみたいなものを入れていくのがおもしろいかなと考えています。

レベルがブロンズ、シルバー、ゴールドなど分けられて、あなたの健康度合いはこれですというようなものがゲーミフィケーションにある、そして参加者同士でコミュニケーションを図る際に、トランザクションやポートフォリオが話題になるといったようになればおもしろいと思います。そのためには、アプリをみたときに、優劣やヒエラルキー、ポジショニングなどが分かりやすいUI/UXが必要になるでしょう。

そこでは、トークンを貯め込むことに意味はなく、どのようなトランザクションを残してきたかという方が重要な考え方となります。トークンを手に入れた方法や使ったものが重要視されるような仕組みをつくることで、ユーザーにトークンを積極的に使ってもらう心理設計が可能になってくるはずです。

川本 栄介(Eisuke Kawamoto) 株式会社アヤナスシグレ 代表取締役

1999年にDMM.comへ入社。日本におけるブロードバンド黎明期の頃からインターネット事業を生業とする。その後、2006年からはDMMを離れ、楽天、サイバーエージェント、SIer、スタートアップなどで主に新規事業を中心に携わる。2016年にDMMに復帰後はオンラインサロンやブロックチェーン関連の事業部長を経て2018年9月に退職。

現在はブロックチェーンをベースにしたトークンエコノミーを生業とする株式会社アヤナスシグレ代表取締役兼トークンエコノミーエバンジェリスト。他にも、浅草農園ストラテジスト、マイクロブラッドサイエンス社顧問。東京大学にてトークンエコノミーの特別講義を実施。