製薬業界×ブロックチェーン -Corda活用事例紹介-

今回の記事は、「SBI R3 Japan」が公開しているMediumから転載したものです。

より様々な内容の記事に興味のある方は、是非こちらにも訪れてみてください。

⇒ SBI R3 Japan公式 Medium

目次
  1. はじめに
  2. 増大する臨床試験コスト
  3. Corda事例紹介/「 Digital Sample Manager(DSM)」(製薬臨床試験のサンプル管理)
  4. ブロックチェーンは製薬業界をどう変えるか
  5. 終わりに

はじめに

この記事は、製薬業界における、ブロックチェーンプラットフォームCordaのユースケースを紹介する記事です。

Cordaは、プライバシーを守りつつ社外とデータ連携することを可能にすることから、金融機関を中心に世界の大手企業で採用されています。

本記事の事例紹介を通じて、ブロックチェーン活用によって製薬業界がどう変わるのかを想像していただけたら嬉しいです。

増大する臨床試験コスト

2014年、高血圧治療薬ディオバンに関わる5つの臨床研究論文不正事件、通称『ディオバン事件』が、日本の製薬業界への信頼を揺るがせることになりました。

製薬会社元社員が臨床研究データを意図的に改ざんし、製薬会社が効能を大きく宣伝することで、 年間1,400億円もの利益を得ていたのです。

企業が利益を追求するあまり、最も重要であるはずの患者への配慮がなされなかったこの事件をきっかけに、2017年、臨床研究の不正を防止するための「臨床研究法」が成立しました。

製薬企業からの資金提供を受けた臨床研究は、第三者がカルテとデータを照合するモニタリングと監査の実施が義務付けられました。また、臨床研究の実施計画の報告も義務付けられ、これらに違反した場合には罰則が科せられることになりました。

しかし、臨床試験のモニタリング業務はモニターが試験を行う病院に足を運んでデータを確認するという、非常にマンパワーに頼った方法で現在行われています。最近では臨床データを電子的に管理するEDCを使って、製薬会社と臨床開発業務を受託するCRO、医療機関等がデータ連携しています。ところが、多くの場合紙ベースのカルテや看護記録と、EDC上の臨床データの整合性がとれているかを、モニターが確認することを省令によって義務付けられているので、結局モニターは病院に通いつめることになります……。このため、CROの業務の約6割がモニタリング業務だと言われています。

またEDCは、その運営事業者がデータを集中管理しているものがほとんどです。これは大量の患者のデータが一度に漏洩するリスクを伴い、セキュリティに求められる基準が高くなるので、大規模なデータ連携をしようとすればするほど構築・管理コストが膨らんでしまいます。

引用元: https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/hyouka/kentou/jisedaiiyakuhin/haihu1/siryo5_3.pdf

こういった臨床試験のコスト増加は、新薬研究の妨げになるばかりか、医薬品価格の上昇を招き、患者の不利益につながります。

また、社会保険料の増大を招くとして、厚生労働省の主導でレセプト情報・特定検診等情報データベース(NDB)や 全国23の大病院から電子カルテなどを収集・統合したMID-NETを提供しています。治験によって収集されるデータだけでなく、臨床現場から日々得られる患者単位の「リアルワールドデータ」を活用することで、臨床研究の推進と医療費の適正化を図ろうというものです。

しかし、NDBは公益目的、MID-NETは製造販売後の調査ないしは公益性の高い研究にしか使うことを許可されていません。さらに、コストが非常にかさむなど利用上のハードルも高いものとなっています。

引用元:https://www.mri.co.jp/knowledge/mreview/201907-5.html

Corda事例紹介/「 Digital Sample Manager(DSM)」

ブロックチェーンプラットフォーム『Corda』を用いて、臨床試験のコスト削減と信頼性向上にチャレンジする企業を紹介しましょう。

アトランタに本拠地を置く医療テック企業の『HSBlox』は、Corda上に構築された臨床試験サンプル管理システム『 Digital Sample Manager(DSM)』を2019年1月に発表しました。

今まで、サンプル管理に以下のような課題がありました。

  • 臨床試験にかかわる製薬会社、CRO、医療機関の間で、大量のサンプル管理データがバラバラに管理されている
  • データがリアルタイムに更新されないため、異常検知に時間がかかり、追跡にコストがかかる
  • 規制に準拠したサンプル管理に対応できる、専門性のあるスタッフを雇用する必要がある

サンプル管理のミスにより、間違ったサンプルを使って臨床試験を行ってしまうと、試験結果が無価値になり、貴重な研究時間と資金を失うことになります。常に正しくサンプル管理を行い、試験結果の信頼性を確保することが求められています。

DSMはブロックチェーン技術を用いて、臨床試験サンプルの管理過程を追跡し、リアルタイムで共有することでこれらの課題を解決します。

  • 複数の関係者でデータ共有可能であり、透明性と信頼性が高い
  • リアルタイムに共有されるため、疑わしいデータを即座に追跡できる
  • 一連の保管プロセスの受領、報告、調整を自動化することで、サンプル管理スタッフの業務負担を減らし、臨床試験全体のコストを削減する
複数の関係者でデータ共有可能であり、透明性と信頼性が高い

HSBloxは2019年6月に、米臨床試験検査サービス大手のQ2 Solutions社とともに、サンプル管理の実証実験を行いました。Q2 SolutionsのCEOであるBrian O’Dwyerは「DSMによって臨床データの収集と共有を劇的に合理化することに成功した」とコメントしています。

現在、HSBloxは実運用に向けた準備を進めています。

ブロックチェーンは製薬業界をどう変えるか

複数の関係者とリアルタイムにデータ共有しつつ、信頼性を高めるということはブロックチェーンの得意分野です。

先進的な例でいえば、IT立国を国策として掲げるエストニアは、政府主導で国の情報基盤にブロックチェーン技術を応用しています。エストニアでは個人の病歴や診察履歴、薬の服用履歴といった医療情報が本人の国民IDと結びついており、日本のように患者側がいちいち自分の症状や病歴を伝えなくても、医師は適切な診察を行うことができます。「いつ」「どこで」「誰の診断を受け」「どのような薬をもらい」「症状がどうなったか」といった情報がどの病院でも瞬時に把握できる利便性と、いつ誰が自分のデータにアクセスしたのかを患者自身が把握できるという安心をブロックチェーン技術で両立しています。

日本の医療・創薬へのブロックチェーン応用は遠い未来の話でしょうか??

武田製薬工業やアステラス製薬を含む製薬企業や医療団体などと日本IBM社は、ブロックチェーンを用いた医薬品などのサプライチェーンや医療データ交換のプラットフォーム構築に向け、実証実験を行うとしています

また、医療関係者であれば、医療や創薬はパーソナライズされていくトレンドがあることをご存じだと思います。個人のゲノムを解析し、最適な治療や医薬品を提供したり、ゲノム情報を医薬品・治療法の開発に応用することが可能になりつつあります。特に、がんゲノム医療では、ゲノム情報によりがん細胞の増殖を抑制する分子標的薬の奏効率が大幅に上昇することから、政府主導でゲノム情報の利活用の支援が進められています。

すでにスイスのIT企業であるLuxoftがCordaを使って、パーソナライズされた医薬品を提供するためのプロジェクトを始めているようです。利用者はライフスタイルのデータや生体試料を医療機関に送ります。すると、処方箋に基づいたオーダーメイドの医薬品が自宅まで届く、こんな構想が実現に向けて動いています。ブロックチェーン技術の活用で、個人の医療データ管理の信頼性や追跡可能性を向上させています。

Luxoftのプロジェクト『Track & Trace solution』

パーソナル医療データを活用することが今よりさらに重要になる未来は、確実にやってくるでしょう。そのとき、複数の関係者とリアルタイムにデータ共有しつつ、信頼性を高めることができるブロックチェーン技術をいかに活用できるかが、製薬業界にとって鍵になるかもしれません。

終わりに

世界の大手金融機関も採用するCordaは、プライバシーを守りつつ社外とデータ連携することを可能にします。拡張性を備えつつ、これを実現することは既存システムにはできないことでした。

素晴らしい特徴をもつCordaですが、企業向けブロックチェーンプラットフォームとしては後発だったため、特に日本ではHyperledger Fabricなどに比べてまだまた認知されていません。

世界で次々と実用化されていくCordaのユースケースを知り、ブロックチェーンが様々な業界をどう変えるのか想像していただけたらと思います。

*Cordaについて知りたい方はこちらをご覧ください

(記事作成:SBI R3 Japan/Riku)